2012.7.23

シリーズ  私のであったいじめ事件  その2


 父親の声は悲痛でした。

調べてみると、以下のような内容のメールが不特定の数名から送られてきていました。

「又担任に、チクル気か?」

「臭い汚いっ もう学校に来るな」

「お前を見ると、一日気分悪いんじゃ。頼むから学校こんでくれ」

など目に余るような内容でした。

 

 あれほどに、五人が一緒になって本気で謝っていたのだから、クラスでも五人以外の他の生徒がメールをやっているのだろうと思いながらも、担任にはまったく予測がつきませんでした。

 

  さっそく終わりのホーム・ルームのあと、クラスの委員長である里佳子を呼んで、話を聞ました。

里佳子はとても言いづらそうな様子でしたが、担任は、里佳子の様子で、大体の状況を彼女が知っていると確信して、放課後にじっくり以下のような担任の思いを話しました。

  

生徒一人ひとりは、必ずみんな、このクラスで、皆と仲良く楽しく生きてゆきたいと思っています。しかし、何らかの事情で心に余裕がなくなって、自分のつらさを他の方法では解決することができずに、人をいじめたり自分を傷つけたりする生徒がいます。

 

それを気づいた友達や他の人が、何らかの方法で、その生徒がそこから抜け出すことを助けてやる必要があります。

今、イジメや陰湿なメールを送っている人自身がなぜそのようにしているのか、そのような行動しかとれない状況にあるのかを私たちも考えることが大切です。

 

それにこのクラスが、そんな陰湿ないじめを許していたら、これからクラスの皆が、いやなおもいでバラバラにこのクラスで生活することになるでしょう。今は、確かに紀子さん一人のことですが、これは、必ず、広がっていきます。」

 

里佳子は、こんな事が、「必ず、広がっていく」という説明を気にしているようでした。

「今から、里佳子さん、このことをあなたとどう解決したらよいか話し合いたいので、クラスの状況を教えてほしい」

と言う担任に、里佳子は、はじめは言いづらそうであったが、素直に状況を話しはじめました。

 

・イジメの犯人は、圭子でした

 

何故圭子なのだ。クラスで成績がトップの二名の中の一人、明るくいつも元気そうにしている圭子が何故?

担任には信じられない思いでした。一瞬、ひょっとして里佳子がうそをついているのでは、と疑いたくなるような自分がいたとの担任の話でした。

 

念のため担任は、何人かの素直な、なんでもあけっぴろげに話すような生徒からもクラスの状況をなんとなく気づかれない様に調べました。

その中で、やはり圭子が中心で、また学外の圭子の友達も加わったイジメである事が確認されました。

 

里佳子を呼んでから三日ほどたって、放課後、担任は圭子と話をしました。

学校の小会議室が幸い空いていたので、そこを借りてじっくり話す事にしました。

はじめは圭子は、

「先生、今日はどんな用事ですか?」

と明るくいつもの圭子の様子でした。

 

担任も話を切り出すのに、ためらいながらも

「実はね、紀子さんのことなんだけど・・・」

ときりだした。圭子は、一瞬戸惑いを見せたようでしたが、すぐに冷静なそぶりで

「紀子さんが、どうしたんですか?」

と訊いてきました。

 

「あの後、一時は、彼女も落ち着いて学校に来ていたのだけど、又この頃、陰湿なメールが彼女に来ているのよ」

と紀子の父親から担任に電話があったことを話すと、少しおいて

「それと、今日の私の話と、どんな関係が有るのですか?」

完全に白を切って、居直った形となりました。

 

このことを予測して、担任は、生活指導部長に事前に相談をしていましたので、部長は、いつでも、協力できるように別室に待機してもらっていました。

しかし出来うるなら、担任との信頼をベースに、圭子に正直に話してもらい、担任自身の手で解決したいという気持ちが担任の中には強く有りました。

 

それで、生活指導部長に相談はしましたが、圭子と二人で徹底して話し合おうと、決意していました。しかし、どのように解決するかと言う、結果の事を考えるようなそんな気持の余裕はありませんでした。

「私も、職員室に居ますからね」

と生活指導部長が心配して待機してくれました。

 

担任は、圭子と対峙しました。

まず、今まで、紀子の父親から電話が来てからの経過を説明しました。

はじめは、担任としても「圭子がそんなはずはない」と言う気持ちが強かった事。

また、たとえ圭子がやったとしても、「他の誰かにやらされているに違いない」と思い色々調べてみた事。そして、今は圭子が中心にやったと思うようになった事実を話しました。

 

そして、はっきり二つのことを圭子訴えました。

 一つは、

「何故、そのような事をやってしまったのか」

そして、

「それはどんな気持ちでやったのか」

ありのままに正直に、担任に話してほしい事。

担任として何故に圭子がそのようなことをやったのか、を圭子と一緒になって考えたい。そして二度とこのような事が起こらないようにしたいと。

 

圭子は、押し黙ったままうつむいていました。しばらく時間が過ぎます。

 

 もし圭子が、この問題を担任と正直に話して解決する事をしないとすれば、と、次のように担任が説明をしました。

 

紀子の父親は、もはや担任の教師には任せられないといっている。したがって、学校としても、生活指導部がこの事件を扱う事になるので、担任は圭子の指導を学校に任せると言う事になると言う事。

 

あんのじょう、圭子は

「自分にはまったく関係のない事です。先生、どうしてそんな事を言うのですか?なんか証拠でもあるんですか」

と担任にむしろ詰め寄る感じでした。「証拠」という言葉を意識して強調しているようでした。

 

「やってません」

ときっぱりと言い切るのです。

 

「誰が言ったのか?その人を連れてきてください」

「証拠がなく、私をなぜ疑うのですか?」

色々諭すのですが、そこからなかなか進みそうもありませんでした。

 

この手の問題は、ここまできたら、中途半端で終わるわけにはいきません。あいまいにして終わると、あらゆるところに、二次的な害が及ぶのです。

 

二時間ほど経ったところで、ころあいを見計らって、事前に生活指導部長と打ち合わせたように

「まず、この後生活指導部長と、圭子さんがあってもらいます。あなたの指導は、残念だけど担任の私ではなく、生活指導部長にお願いします。今の状況では、あなたと二人で解決しようと思ったけれど、私はあなたに信頼してもらうにはまだまだ自分が力不足と思いました。そして、これ以上遅くなるとよくないので、家庭の人に安全のために、迎えに来てもらいます。そのために、今の状況を家のほうに連絡をします。」

 

担任が無念そうにそして圭子に通告するような口調で言うと

「待ってください。母に連絡するのは止めてください」

急に態度が変わりました。

散々言い張っていたにもかかわらず家庭と言ったところで急に態度が変わった事に担任は少なからず驚かされました(普通、これぐらいしたたかな場合は当然おやが呼ばれるのは覚悟しています)。

 

 その後、

「すみません、私です。私がやりました。」

と言い出したので、

「あなたは中心ではないでしょう?どんなクラス以外の子がはいっているの?」

と訊くと

「他の子には、私がやってと頼んだのです」

というのです。

 

「あなたは、あれだけ自分が悪いと謝っていたのに、どうしてそんな事をしたの? 紀子があなたに、何か納得のできない事をやったの?」

 圭子は答えずにじっと横を向いていたが、突然

「あいつか、私か、どっちか学校を辞めさせてください!イヤなんです、あいつの顔ややっている事を見るといらいらしてがまんが出来ないんです」

と、ワァっと泣き出してしまいました。

 

 担任は、何故そこまで紀子が憎いのか、圭子の気持ちをしっかり聴き取ろうとするのですが、激しく憎んでいる事の原因を、圭子から聞きだすことは出来ませんでした。

「どうしてそんなに紀子が憎いの?」

と訊くのだが、

「イヤなんですっ。それだけです! イヤに理由がいりますかっ」

とぜんぜん話がかみ合わなかった。

 

その日は、圭子を落ち着かせて、

「そうなってしまった原因を一緒に考えて解決したいので、どうしてそうなったかをあなたもゆっくり考えてほしい」

と説得して、母親に引き取ってもらいました。

 

 ・後日、その事件を学習会で扱いました。

 

そのとき来て頂いた先生との会議でのやり取りです。次のようなコメントをもらったとき

徒たちの置かれている現実の厳しさに、言葉がありませんでした。

 

―放課後の研修会での話し合った内容ですー

何故、成績が優秀な圭子がそこまで紀子を恨むのかという事が論議の中心になりました。

 

そして、いじめが引き起こされる中のひとつに、家庭の影響、家庭のストレスなどを家庭内で処理できずに学校に持ち込んでくる場合があります。

 

これはよくあるケースで、家ではけじめのある明るいお嬢さんを演じて、学校ではその逆で、すき放題に生活して、クラスを混乱させている場合があります。

人は、どこかで緊張している分、又緊張を緩めて安らぐ事が必要ですが、家で緊張して安らぐ空間がない状態であると、いきおい、学校の中で、リラックスできるところを見つけて、緊張をほぐしていく事になります。

 

そんな中で起こるいじめがよく有ります。

この場合、多くの保護者(母親である場合が多いのですが)は、家ではしっかりしているのに、学校が躾が甘いから、問題であると思っています。

 

したがって、自分の娘にも甘く見られているのではないかと、学校の指導を強化するように言われる例が多く有ります。生徒も同じような考えを持っており、イジメの側に立った場合でも、親は、相手の非を責めて、わが娘を弁護する事が多いようです。

 

他方、学校が原因で起こされる例には、こんなケースが多く有ります。

競争、競争で息もつかせず、学力競争などを展開しているクラスでは、それに追いつけないであがきながらまじめに取り組んでいる生徒に、イライラのほこさきが向けられます。

 

成績の振るわない生徒を、まったく価値のない生徒として、さげすみ暴言を吐き、精神的に追い詰めてしまいます。

 

圭子にはどんな背景があって、あんな陰湿ないじめに及んだのでしょう?

 

父親は、私立の有名大学の理学部の教授、気さくで近寄りがたいようでもなく、落ち着いた冷静な人柄のようでした。母は高校の音楽の教師ですが、同じ教師として、よく学校の事は理解してくれています。

 

助言にこられた先生からの質問です。

「圭子は、この学校を第一志望で入学してきたのですか?」

意外な質問だった。

「いえ、他の私立中学を、二校ほど落ちて本校に入りました」

担任が答えた。

「その事について、圭子の行動に何か気にかかるところはありませんか?」

 

訊かれると、確かに圭子は

「私は、高校は中学の第一志望のところの高校に絶対に行く」

と言っていたそうです。そしてその高校は、中学の成績がオール五であればほとんどオーケイだと話していたそうです。

 

 助言にこられた先生から、仮説であると断りを入れながら、次のような話がありました。

 

「圭子は第一志望の中学校に不合格の時に大きく傷ついた事でしょう。両親の期待も大きくそのために、二校も受験に失敗してこの学校に入学したわけですから、この学校では当然一番の成績でありたいと思ったのではないですか?」

という質問に担任の先生は

「ええ、成績がトップになる事にこだわっています」

と、いつも成績にこだわる圭子のことについて話しました。

 

「圭子は、他はすべて五段階で5なのですが、体育だけはどうしても五の評価は取れないのです。うまくいって4です。大体3の成績ですが、とても努力するので、その努力に体育の先生が4をつけることがあります」

と説明すると

 

「自分の一番いやなところ、体育のセンスがないところを、圭子はとても悔しがっています。体育さえ出来れば、クラスでいつもトップになれる。体育が出来ないために、自分はこんなダメな学校でも一番になれない、そんな思いを持ってるのでないですか?」

 

「その事と紀子のイジメとはどんな関係が有るのですか」

 と担任はすかさず聞きます。

「自分の期って捨てたいいやな事、いくら頑張っても体育の出来ない、いやな自分、そのいやな自分の体のニブサと丁度同じいやな感じを紀子が持っていると感じるのです。だから紀子がそばにいることで、強い不快感を持つのです」

 

出席した先生たちは、衝撃を受けました。他の先生から

「それではどのように指導すればよいのですか」

という質問が出ました。

 

「いくら努力しても出来ない時は自分の素質の問題にします。この場合何故出来ないのか、と考えて運動神経の鈍い父や母のせいにしたりしますが、また、じぶんの才能のないせいにもします。家庭のほうでも成績がすべてという考えから抜け出ないと、圭子は息苦しさから解放されないのです。一番可哀想なのは、競争にさらされ、親の喜びや世間の評価に振り回されながら懸命に生きている圭子です。」

 

担任をはじめ参加した教師たちは、いじめ事件の背景を丹念に紐解きながら、一人一人の生徒にアプローチをする大切さをしみじみと学んでいました。 

 

   

   

 

 

 

 

 

 父親の声は悲痛でした。

調べてみると、以下のような内容のメールが不特定の数名から送られてきていました。

「又担任に、チクル気か?」

「臭い汚いっ もう学校に来るな」

「お前を見ると、一日気分悪いんじゃ。頼むから学校こんでくれ」

など目に余るような内容でした。

 

 あれほどに、五人が一緒になって本気で謝っていたのだから、クラスでも五人以外の他の生徒がメールをやっているのだろうと思いながらも、担任にはまったく予測がつきませんでした。

 

  さっそく終わりのホーム・ルームのあと、クラスの委員長である里佳子を呼んで、話を聞ました。

里佳子はとても言いづらそうな様子でしたが、担任は、里佳子の様子で、大体の状況を彼女が知っていると確信して、放課後にじっくり以下のような担任の思いを話しました。

  

生徒一人ひとりは、必ずみんな、このクラスで、皆と仲良く楽しく生きてゆきたいと思っています。しかし、何らかの事情で心に余裕がなくなって、自分のつらさを他の方法では解決することができずに、人をいじめたり自分を傷つけたりする生徒がいます。

 

それを気づいた友達や他の人が、何らかの方法で、その生徒がそこから抜け出すことを助けてやる必要があります。

今、イジメや陰湿なメールを送っている人自身がなぜそのようにしているのか、そのような行動しかとれない状況にあるのかを私たちも考えることが大切です。

 

それにこのクラスが、そんな陰湿ないじめを許していたら、これからクラスの皆が、いやなおもいでバラバラにこのクラスで生活することになるでしょう。今は、確かに紀子さん一人のことですが、これは、必ず、広がっていきます。」

 

里佳子は、こんな事が、「必ず、広がっていく」という説明を気にしているようでした。

「今から、里佳子さん、このことをあなたとどう解決したらよいか話し合いたいので、クラスの状況を教えてほしい」

と言う担任に、里佳子は、はじめは言いづらそうであったが、素直に状況を話しはじめました。

 

・イジメの犯人は、圭子でした

 

何故圭子なのだ。クラスで成績がトップの二名の中の一人、明るくいつも元気そうにしている圭子が何故?

担任には信じられない思いでした。一瞬、ひょっとして里佳子がうそをついているのでは、と疑いたくなるような自分がいたとの担任の話でした。

 

念のため担任は、何人かの素直な、なんでもあけっぴろげに話すような生徒からもクラスの状況をなんとなく気づかれない様に調べました。

その中で、やはり圭子が中心で、また学外の圭子の友達も加わったイジメである事が確認されました。

 

里佳子を呼んでから三日ほどたって、放課後、担任は圭子と話をしました。

学校の小会議室が幸い空いていたので、そこを借りてじっくり話す事にしました。

はじめは圭子は、

「先生、今日はどんな用事ですか?」

と明るくいつもの圭子の様子でした。

 

担任も話を切り出すのに、ためらいながらも

「実はね、紀子さんのことなんだけど・・・」

ときりだした。圭子は、一瞬戸惑いを見せたようでしたが、すぐに冷静なそぶりで

「紀子さんが、どうしたんですか?」

と訊いてきました。

 

「あの後、一時は、彼女も落ち着いて学校に来ていたのだけど、又この頃、陰湿なメールが彼女に来ているのよ」

と紀子の父親から担任に電話があったことを話すと、少しおいて

「それと、今日の私の話と、どんな関係が有るのですか?」

完全に白を切って、居直った形となりました。

 

このことを予測して、担任は、生活指導部長に事前に相談をしていましたので、部長は、いつでも、協力できるように別室に待機してもらっていました。

しかし出来うるなら、担任との信頼をベースに、圭子に正直に話してもらい、担任自身の手で解決したいという気持ちが担任の中には強く有りました。

 

それで、生活指導部長に相談はしましたが、圭子と二人で徹底して話し合おうと、決意していました。しかし、どのように解決するかと言う、結果の事を考えるようなそんな気持の余裕はありませんでした。

「私も、職員室に居ますからね」

と生活指導部長が心配して待機してくれました。

 

担任は、圭子と対峙しました。

まず、今まで、紀子の父親から電話が来てからの経過を説明しました。

はじめは、担任としても「圭子がそんなはずはない」と言う気持ちが強かった事。

また、たとえ圭子がやったとしても、「他の誰かにやらされているに違いない」と思い色々調べてみた事。そして、今は圭子が中心にやったと思うようになった事実を話しました。

 

そして、はっきり二つのことを圭子訴えました。

 一つは、

「何故、そのような事をやってしまったのか」

そして、

「それはどんな気持ちでやったのか」

ありのままに正直に、担任に話してほしい事。

担任として何故に圭子がそのようなことをやったのか、を圭子と一緒になって考えたい。そして二度とこのような事が起こらないようにしたいと。

 

圭子は、押し黙ったままうつむいていました。しばらく時間が過ぎます。

 

 もし圭子が、この問題を担任と正直に話して解決する事をしないとすれば、と、次のように担任が説明をしました。

 

紀子の父親は、もはや担任の教師には任せられないといっている。したがって、学校としても、生活指導部がこの事件を扱う事になるので、担任は圭子の指導を学校に任せると言う事になると言う事。

 

あんのじょう、圭子は

「自分にはまったく関係のない事です。先生、どうしてそんな事を言うのですか?なんか証拠でもあるんですか」

と担任にむしろ詰め寄る感じでした。「証拠」という言葉を意識して強調しているようでした。

 

「やってません」

ときっぱりと言い切るのです。

 

「誰が言ったのか?その人を連れてきてください」

「証拠がなく、私をなぜ疑うのですか?」

色々諭すのですが、そこからなかなか進みそうもありませんでした。

 

この手の問題は、ここまできたら、中途半端で終わるわけにはいきません。あいまいにして終わると、あらゆるところに、二次的な害が及ぶのです。

 

二時間ほど経ったところで、ころあいを見計らって、事前に生活指導部長と打ち合わせたように

「まず、この後生活指導部長と、圭子さんがあってもらいます。あなたの指導は、残念だけど担任の私ではなく、生活指導部長にお願いします。今の状況では、あなたと二人で解決しようと思ったけれど、私はあなたに信頼してもらうにはまだまだ自分が力不足と思いました。そして、これ以上遅くなるとよくないので、家庭の人に安全のために、迎えに来てもらいます。そのために、今の状況を家のほうに連絡をします。」

 

担任が無念そうにそして圭子に通告するような口調で言うと

「待ってください。母に連絡するのは止めてください」

急に態度が変わりました。

散々言い張っていたにもかかわらず家庭と言ったところで急に態度が変わった事に担任は少なからず驚かされました(普通、これぐらいしたたかな場合は当然おやが呼ばれるのは覚悟しています)。

 

 その後、

「すみません、私です。私がやりました。」

と言い出したので、

「あなたは中心ではないでしょう?どんなクラス以外の子がはいっているの?」

と訊くと

「他の子には、私がやってと頼んだのです」

というのです。

 

「あなたは、あれだけ自分が悪いと謝っていたのに、どうしてそんな事をしたの? 紀子があなたに、何か納得のできない事をやったの?」

 圭子は答えずにじっと横を向いていたが、突然

「あいつか、私か、どっちか学校を辞めさせてください!イヤなんです、あいつの顔ややっている事を見るといらいらしてがまんが出来ないんです」

と、ワァっと泣き出してしまいました。

 

 担任は、何故そこまで紀子が憎いのか、圭子の気持ちをしっかり聴き取ろうとするのですが、激しく憎んでいる事の原因を、圭子から聞きだすことは出来ませんでした。

「どうしてそんなに紀子が憎いの?」

と訊くのだが、

「イヤなんですっ。それだけです! イヤに理由がいりますかっ」

とぜんぜん話がかみ合わなかった。

 

その日は、圭子を落ち着かせて、

「そうなってしまった原因を一緒に考えて解決したいので、どうしてそうなったかをあなたもゆっくり考えてほしい」

と説得して、母親に引き取ってもらいました。

 

 ・後日、その事件を学習会で扱いました。

 

そのとき来て頂いた先生との会議でのやり取りです。次のようなコメントをもらったとき

徒たちの置かれている現実の厳しさに、言葉がありませんでした。

 

―放課後の研修会での話し合った内容ですー

何故、成績が優秀な圭子がそこまで紀子を恨むのかという事が論議の中心になりました。

 

そして、いじめが引き起こされる中のひとつに、家庭の影響、家庭のストレスなどを家庭内で処理できずに学校に持ち込んでくる場合があります。

 

これはよくあるケースで、家ではけじめのある明るいお嬢さんを演じて、学校ではその逆で、すき放題に生活して、クラスを混乱させている場合があります。

人は、どこかで緊張している分、又緊張を緩めて安らぐ事が必要ですが、家で緊張して安らぐ空間がない状態であると、いきおい、学校の中で、リラックスできるところを見つけて、緊張をほぐしていく事になります。

 

そんな中で起こるいじめがよく有ります。

この場合、多くの保護者(母親である場合が多いのですが)は、家ではしっかりしているのに、学校が躾が甘いから、問題であると思っています。

 

したがって、自分の娘にも甘く見られているのではないかと、学校の指導を強化するように言われる例が多く有ります。生徒も同じような考えを持っており、イジメの側に立った場合でも、親は、相手の非を責めて、わが娘を弁護する事が多いようです。

 

他方、学校が原因で起こされる例には、こんなケースが多く有ります。

競争、競争で息もつかせず、学力競争などを展開しているクラスでは、それに追いつけないであがきながらまじめに取り組んでいる生徒に、イライラのほこさきが向けられます。

 

成績の振るわない生徒を、まったく価値のない生徒として、さげすみ暴言を吐き、精神的に追い詰めてしまいます。

 

圭子にはどんな背景があって、あんな陰湿ないじめに及んだのでしょう?

 

父親は、私立の有名大学の理学部の教授、気さくで近寄りがたいようでもなく、落ち着いた冷静な人柄のようでした。母は高校の音楽の教師ですが、同じ教師として、よく学校の事は理解してくれています。

 

助言にこられた先生からの質問です。

「圭子は、この学校を第一志望で入学してきたのですか?」

意外な質問だった。

「いえ、他の私立中学を、二校ほど落ちて本校に入りました」

担任が答えた。

「その事について、圭子の行動に何か気にかかるところはありませんか?」

 

訊かれると、確かに圭子は

「私は、高校は中学の第一志望のところの高校に絶対に行く」

と言っていたそうです。そしてその高校は、中学の成績がオール五であればほとんどオーケイだと話していたそうです。

 

 助言にこられた先生から、仮説であると断りを入れながら、次のような話がありました。

 

「圭子は第一志望の中学校に不合格の時に大きく傷ついた事でしょう。両親の期待も大きくそのために、二校も受験に失敗してこの学校に入学したわけですから、この学校では当然一番の成績でありたいと思ったのではないですか?」

という質問に担任の先生は

「ええ、成績がトップになる事にこだわっています」

と、いつも成績にこだわる圭子のことについて話しました。

 

「圭子は、他はすべて五段階で5なのですが、体育だけはどうしても五の評価は取れないのです。うまくいって4です。大体3の成績ですが、とても努力するので、その努力に体育の先生が4をつけることがあります」

と説明すると

 

「自分の一番いやなところ、体育のセンスがないところを、圭子はとても悔しがっています。体育さえ出来れば、クラスでいつもトップになれる。体育が出来ないために、自分はこんなダメな学校でも一番になれない、そんな思いを持ってるのでないですか?」

 

「その事と紀子のイジメとはどんな関係が有るのですか」

 と担任はすかさず聞きます。

「自分の期って捨てたいいやな事、いくら頑張っても体育の出来ない、いやな自分、そのいやな自分の体のニブサと丁度同じいやな感じを紀子が持っていると感じるのです。だから紀子がそばにいることで、強い不快感を持つのです」

 

出席した先生たちは、衝撃を受けました。他の先生から

「それではどのように指導すればよいのですか」

という質問が出ました。

 

「いくら努力しても出来ない時は自分の素質の問題にします。この場合何故出来ないのか、と考えて運動神経の鈍い父や母のせいにしたりしますが、また、じぶんの才能のないせいにもします。家庭のほうでも成績がすべてという考えから抜け出ないと、圭子は息苦しさから解放されないのです。一番可哀想なのは、競争にさらされ、親の喜びや世間の評価に振り回されながら懸命に生きている圭子です。」

 

担任をはじめ参加した教師たちは、いじめ事件の背景を丹念に紐解きながら、一人一人の生徒にアプローチをする大切さをしみじみと学んでいました。 

 

   

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 父親の声は悲痛でした。

調べてみると、以下のような内容のメールが不特定の数名から送られてきていました。

「又担任に、チクル気か?」

「臭い汚いっ もう学校に来るな」

「お前を見ると、一日気分悪いんじゃ。頼むから学校こんでくれ」

など目に余るような内容でした。

 

 あれほどに、五人が一緒になって本気で謝っていたのだから、クラスでも五人以外の他の生徒がメールをやっているのだろうと思いながらも、担任にはまったく予測がつきませんでした。

 

  さっそく終わりのホーム・ルームのあと、クラスの委員長である里佳子を呼んで、話を聞ました。

里佳子はとても言いづらそうな様子でしたが、担任は、里佳子の様子で、大体の状況を彼女が知っていると確信して、放課後にじっくり以下のような担任の思いを話しました。

  

生徒一人ひとりは、必ずみんな、このクラスで、皆と仲良く楽しく生きてゆきたいと思っています。しかし、何らかの事情で心に余裕がなくなって、自分のつらさを他の方法では解決することができずに、人をいじめたり自分を傷つけたりする生徒がいます。

 

それを気づいた友達や他の人が、何らかの方法で、その生徒がそこから抜け出すことを助けてやる必要があります。

今、イジメや陰湿なメールを送っている人自身がなぜそのようにしているのか、そのような行動しかとれない状況にあるのかを私たちも考えることが大切です。

 

それにこのクラスが、そんな陰湿ないじめを許していたら、これからクラスの皆が、いやなおもいでバラバラにこのクラスで生活することになるでしょう。今は、確かに紀子さん一人のことですが、これは、必ず、広がっていきます。」

 

里佳子は、こんな事が、「必ず、広がっていく」という説明を気にしているようでした。

「今から、里佳子さん、このことをあなたとどう解決したらよいか話し合いたいので、クラスの状況を教えてほしい」

と言う担任に、里佳子は、はじめは言いづらそうであったが、素直に状況を話しはじめました。

 

・イジメの犯人は、圭子でした

 

何故圭子なのだ。クラスで成績がトップの二名の中の一人、明るくいつも元気そうにしている圭子が何故?

担任には信じられない思いでした。一瞬、ひょっとして里佳子がうそをついているのでは、と疑いたくなるような自分がいたとの担任の話でした。

 

念のため担任は、何人かの素直な、なんでもあけっぴろげに話すような生徒からもクラスの状況をなんとなく気づかれない様に調べました。

その中で、やはり圭子が中心で、また学外の圭子の友達も加わったイジメである事が確認されました。

 

里佳子を呼んでから三日ほどたって、放課後、担任は圭子と話をしました。

学校の小会議室が幸い空いていたので、そこを借りてじっくり話す事にしました。

はじめは圭子は、

「先生、今日はどんな用事ですか?」

と明るくいつもの圭子の様子でした。

 

担任も話を切り出すのに、ためらいながらも

「実はね、紀子さんのことなんだけど・・・」

ときりだした。圭子は、一瞬戸惑いを見せたようでしたが、すぐに冷静なそぶりで

「紀子さんが、どうしたんですか?」

と訊いてきました。

 

「あの後、一時は、彼女も落ち着いて学校に来ていたのだけど、又この頃、陰湿なメールが彼女に来ているのよ」

と紀子の父親から担任に電話があったことを話すと、少しおいて

「それと、今日の私の話と、どんな関係が有るのですか?」

完全に白を切って、居直った形となりました。

 

このことを予測して、担任は、生活指導部長に事前に相談をしていましたので、部長は、いつでも、協力できるように別室に待機してもらっていました。

しかし出来うるなら、担任との信頼をベースに、圭子に正直に話してもらい、担任自身の手で解決したいという気持ちが担任の中には強く有りました。

 

それで、生活指導部長に相談はしましたが、圭子と二人で徹底して話し合おうと、決意していました。しかし、どのように解決するかと言う、結果の事を考えるようなそんな気持の余裕はありませんでした。

「私も、職員室に居ますからね」

と生活指導部長が心配して待機してくれました。

 

担任は、圭子と対峙しました。

まず、今まで、紀子の父親から電話が来てからの経過を説明しました。

はじめは、担任としても「圭子がそんなはずはない」と言う気持ちが強かった事。

また、たとえ圭子がやったとしても、「他の誰かにやらされているに違いない」と思い色々調べてみた事。そして、今は圭子が中心にやったと思うようになった事実を話しました。

 

そして、はっきり二つのことを圭子訴えました。

 一つは、

「何故、そのような事をやってしまったのか」

そして、

「それはどんな気持ちでやったのか」

ありのままに正直に、担任に話してほしい事。

担任として何故に圭子がそのようなことをやったのか、を圭子と一緒になって考えたい。そして二度とこのような事が起こらないようにしたいと。

 

圭子は、押し黙ったままうつむいていました。しばらく時間が過ぎます。

 

 もし圭子が、この問題を担任と正直に話して解決する事をしないとすれば、と、次のように担任が説明をしました。

 

紀子の父親は、もはや担任の教師には任せられないといっている。したがって、学校としても、生活指導部がこの事件を扱う事になるので、担任は圭子の指導を学校に任せると言う事になると言う事。

 

あんのじょう、圭子は

「自分にはまったく関係のない事です。先生、どうしてそんな事を言うのですか?なんか証拠でもあるんですか」

と担任にむしろ詰め寄る感じでした。「証拠」という言葉を意識して強調しているようでした。

 

「やってません」

ときっぱりと言い切るのです。

 

「誰が言ったのか?その人を連れてきてください」

「証拠がなく、私をなぜ疑うのですか?」

色々諭すのですが、そこからなかなか進みそうもありませんでした。

 

この手の問題は、ここまできたら、中途半端で終わるわけにはいきません。あいまいにして終わると、あらゆるところに、二次的な害が及ぶのです。

 

二時間ほど経ったところで、ころあいを見計らって、事前に生活指導部長と打ち合わせたように

「まず、この後生活指導部長と、圭子さんがあってもらいます。あなたの指導は、残念だけど担任の私ではなく、生活指導部長にお願いします。今の状況では、あなたと二人で解決しようと思ったけれど、私はあなたに信頼してもらうにはまだまだ自分が力不足と思いました。そして、これ以上遅くなるとよくないので、家庭の人に安全のために、迎えに来てもらいます。そのために、今の状況を家のほうに連絡をします。」

 

担任が無念そうにそして圭子に通告するような口調で言うと

「待ってください。母に連絡するのは止めてください」

急に態度が変わりました。

散々言い張っていたにもかかわらず家庭と言ったところで急に態度が変わった事に担任は少なからず驚かされました(普通、これぐらいしたたかな場合は当然おやが呼ばれるのは覚悟しています)。

 

 その後、

「すみません、私です。私がやりました。」

と言い出したので、

「あなたは中心ではないでしょう?どんなクラス以外の子がはいっているの?」

と訊くと

「他の子には、私がやってと頼んだのです」

というのです。

 

「あなたは、あれだけ自分が悪いと謝っていたのに、どうしてそんな事をしたの? 紀子があなたに、何か納得のできない事をやったの?」

 圭子は答えずにじっと横を向いていたが、突然

「あいつか、私か、どっちか学校を辞めさせてください!イヤなんです、あいつの顔ややっている事を見るといらいらしてがまんが出来ないんです」

と、ワァっと泣き出してしまいました。

 

 担任は、何故そこまで紀子が憎いのか、圭子の気持ちをしっかり聴き取ろうとするのですが、激しく憎んでいる事の原因を、圭子から聞きだすことは出来ませんでした。

「どうしてそんなに紀子が憎いの?」

と訊くのだが、

「イヤなんですっ。それだけです! イヤに理由がいりますかっ」

とぜんぜん話がかみ合わなかった。

 

その日は、圭子を落ち着かせて、

「そうなってしまった原因を一緒に考えて解決したいので、どうしてそうなったかをあなたもゆっくり考えてほしい」

と説得して、母親に引き取ってもらいました。

 

 ・後日、その事件を学習会で扱いました。

 

そのとき来て頂いた先生との会議でのやり取りです。次のようなコメントをもらったとき

徒たちの置かれている現実の厳しさに、言葉がありませんでした。

 

―放課後の研修会での話し合った内容ですー

何故、成績が優秀な圭子がそこまで紀子を恨むのかという事が論議の中心になりました。

 

そして、いじめが引き起こされる中のひとつに、家庭の影響、家庭のストレスなどを家庭内で処理できずに学校に持ち込んでくる場合があります。

 

これはよくあるケースで、家ではけじめのある明るいお嬢さんを演じて、学校ではその逆で、すき放題に生活して、クラスを混乱させている場合があります。

人は、どこかで緊張している分、又緊張を緩めて安らぐ事が必要ですが、家で緊張して安らぐ空間がない状態であると、いきおい、学校の中で、リラックスできるところを見つけて、緊張をほぐしていく事になります。

 

そんな中で起こるいじめがよく有ります。

この場合、多くの保護者(母親である場合が多いのですが)は、家ではしっかりしているのに、学校が躾が甘いから、問題であると思っています。

 

したがって、自分の娘にも甘く見られているのではないかと、学校の指導を強化するように言われる例が多く有ります。生徒も同じような考えを持っており、イジメの側に立った場合でも、親は、相手の非を責めて、わが娘を弁護する事が多いようです。

 

他方、学校が原因で起こされる例には、こんなケースが多く有ります。

競争、競争で息もつかせず、学力競争などを展開しているクラスでは、それに追いつけないであがきながらまじめに取り組んでいる生徒に、イライラのほこさきが向けられます。

 

成績の振るわない生徒を、まったく価値のない生徒として、さげすみ暴言を吐き、精神的に追い詰めてしまいます。

 

圭子にはどんな背景があって、あんな陰湿ないじめに及んだのでしょう?

 

父親は、私立の有名大学の理学部の教授、気さくで近寄りがたいようでもなく、落ち着いた冷静な人柄のようでした。母は高校の音楽の教師ですが、同じ教師として、よく学校の事は理解してくれています。

 

助言にこられた先生からの質問です。

「圭子は、この学校を第一志望で入学してきたのですか?」

意外な質問だった。

「いえ、他の私立中学を、二校ほど落ちて本校に入りました」

担任が答えた。

「その事について、圭子の行動に何か気にかかるところはありませんか?」

 

訊かれると、確かに圭子は

「私は、高校は中学の第一志望のところの高校に絶対に行く」

と言っていたそうです。そしてその高校は、中学の成績がオール五であればほとんどオーケイだと話していたそうです。

 

 助言にこられた先生から、仮説であると断りを入れながら、次のような話がありました。

 

「圭子は第一志望の中学校に不合格の時に大きく傷ついた事でしょう。両親の期待も大きくそのために、二校も受験に失敗してこの学校に入学したわけですから、この学校では当然一番の成績でありたいと思ったのではないですか?」

という質問に担任の先生は

「ええ、成績がトップになる事にこだわっています」

と、いつも成績にこだわる圭子のことについて話しました。

 

「圭子は、他はすべて五段階で5なのですが、体育だけはどうしても五の評価は取れないのです。うまくいって4です。大体3の成績ですが、とても努力するので、その努力に体育の先生が4をつけることがあります」

と説明すると

 

「自分の一番いやなところ、体育のセンスがないところを、圭子はとても悔しがっています。体育さえ出来れば、クラスでいつもトップになれる。体育が出来ないために、自分はこんなダメな学校でも一番になれない、そんな思いを持ってるのでないですか?」

 

「その事と紀子のイジメとはどんな関係が有るのですか」

 と担任はすかさず聞きます。

「自分の期って捨てたいいやな事、いくら頑張っても体育の出来ない、いやな自分、そのいやな自分の体のニブサと丁度同じいやな感じを紀子が持っていると感じるのです。だから紀子がそばにいることで、強い不快感を持つのです」

 

出席した先生たちは、衝撃を受けました。他の先生から

「それではどのように指導すればよいのですか」

という質問が出ました。

 

「いくら努力しても出来ない時は自分の素質の問題にします。この場合何故出来ないのか、と考えて運動神経の鈍い父や母のせいにしたりしますが、また、じぶんの才能のないせいにもします。家庭のほうでも成績がすべてという考えから抜け出ないと、圭子は息苦しさから解放されないのです。一番可哀想なのは、競争にさらされ、親の喜びや世間の評価に振り回されながら懸命に生きている圭子です。」

 

担任をはじめ参加した教師たちは、いじめ事件の背景を丹念に紐解きながら、一人一人の生徒にアプローチをする大切さをしみじみと学んでいました。 

 

   

   

 

 

 

 

 

 

 父親の声は悲痛でした。

調べてみると、以下のような内容のメールが不特定の数名から送られてきていました。

「又担任に、チクル気か?」

「臭い汚いっ もう学校に来るな」

「お前を見ると、一日気分悪いんじゃ。頼むから学校こんでくれ」

など目に余るような内容でした。

 

 あれほどに、五人が一緒になって本気で謝っていたのだから、クラスでも五人以外の他の生徒がメールをやっているのだろうと思いながらも、担任にはまったく予測がつきませんでした。

 

  さっそく終わりのホーム・ルームのあと、クラスの委員長である里佳子を呼んで、話を聞ました。

里佳子はとても言いづらそうな様子でしたが、担任は、里佳子の様子で、大体の状況を彼女が知っていると確信して、放課後にじっくり以下のような担任の思いを話しました。

  

生徒一人ひとりは、必ずみんな、このクラスで、皆と仲良く楽しく生きてゆきたいと思っています。しかし、何らかの事情で心に余裕がなくなって、自分のつらさを他の方法では解決することができずに、人をいじめたり自分を傷つけたりする生徒がいます。

 

それを気づいた友達や他の人が、何らかの方法で、その生徒がそこから抜け出すことを助けてやる必要があります。

今、イジメや陰湿なメールを送っている人自身がなぜそのようにしているのか、そのような行動しかとれない状況にあるのかを私たちも考えることが大切です。

 

それにこのクラスが、そんな陰湿ないじめを許していたら、これからクラスの皆が、いやなおもいでバラバラにこのクラスで生活することになるでしょう。今は、確かに紀子さん一人のことですが、これは、必ず、広がっていきます。」

 

里佳子は、こんな事が、「必ず、広がっていく」という説明を気にしているようでした。

「今から、里佳子さん、このことをあなたとどう解決したらよいか話し合いたいので、クラスの状況を教えてほしい」

と言う担任に、里佳子は、はじめは言いづらそうであったが、素直に状況を話しはじめました。

 

・イジメの犯人は、圭子でした

 

何故圭子なのだ。クラスで成績がトップの二名の中の一人、明るくいつも元気そうにしている圭子が何故?

担任には信じられない思いでした。一瞬、ひょっとして里佳子がうそをついているのでは、と疑いたくなるような自分がいたとの担任の話でした。

 

念のため担任は、何人かの素直な、なんでもあけっぴろげに話すような生徒からもクラスの状況をなんとなく気づかれない様に調べました。

その中で、やはり圭子が中心で、また学外の圭子の友達も加わったイジメである事が確認されました。

 

里佳子を呼んでから三日ほどたって、放課後、担任は圭子と話をしました。

学校の小会議室が幸い空いていたので、そこを借りてじっくり話す事にしました。

はじめは圭子は、

「先生、今日はどんな用事ですか?」

と明るくいつもの圭子の様子でした。

 

担任も話を切り出すのに、ためらいながらも

「実はね、紀子さんのことなんだけど・・・」

ときりだした。圭子は、一瞬戸惑いを見せたようでしたが、すぐに冷静なそぶりで

「紀子さんが、どうしたんですか?」

と訊いてきました。

 

「あの後、一時は、彼女も落ち着いて学校に来ていたのだけど、又この頃、陰湿なメールが彼女に来ているのよ」

と紀子の父親から担任に電話があったことを話すと、少しおいて

「それと、今日の私の話と、どんな関係が有るのですか?」

完全に白を切って、居直った形となりました。

 

このことを予測して、担任は、生活指導部長に事前に相談をしていましたので、部長は、いつでも、協力できるように別室に待機してもらっていました。

しかし出来うるなら、担任との信頼をベースに、圭子に正直に話してもらい、担任自身の手で解決したいという気持ちが担任の中には強く有りました。

 

それで、生活指導部長に相談はしましたが、圭子と二人で徹底して話し合おうと、決意していました。しかし、どのように解決するかと言う、結果の事を考えるようなそんな気持の余裕はありませんでした。

「私も、職員室に居ますからね」

と生活指導部長が心配して待機してくれました。

 

担任は、圭子と対峙しました。

まず、今まで、紀子の父親から電話が来てからの経過を説明しました。

はじめは、担任としても「圭子がそんなはずはない」と言う気持ちが強かった事。

また、たとえ圭子がやったとしても、「他の誰かにやらされているに違いない」と思い色々調べてみた事。そして、今は圭子が中心にやったと思うようになった事実を話しました。

 

そして、はっきり二つのことを圭子訴えました。

 一つは、

「何故、そのような事をやってしまったのか」

そして、

「それはどんな気持ちでやったのか」

ありのままに正直に、担任に話してほしい事。

担任として何故に圭子がそのようなことをやったのか、を圭子と一緒になって考えたい。そして二度とこのような事が起こらないようにしたいと。

 

圭子は、押し黙ったままうつむいていました。しばらく時間が過ぎます。

 

 もし圭子が、この問題を担任と正直に話して解決する事をしないとすれば、と、次のように担任が説明をしました。

 

紀子の父親は、もはや担任の教師には任せられないといっている。したがって、学校としても、生活指導部がこの事件を扱う事になるので、担任は圭子の指導を学校に任せると言う事になると言う事。

 

あんのじょう、圭子は

「自分にはまったく関係のない事です。先生、どうしてそんな事を言うのですか?なんか証拠でもあるんですか」

と担任にむしろ詰め寄る感じでした。「証拠」という言葉を意識して強調しているようでした。

 

「やってません」

ときっぱりと言い切るのです。

 

「誰が言ったのか?その人を連れてきてください」

「証拠がなく、私をなぜ疑うのですか?」

色々諭すのですが、そこからなかなか進みそうもありませんでした。

 

この手の問題は、ここまできたら、中途半端で終わるわけにはいきません。あいまいにして終わると、あらゆるところに、二次的な害が及ぶのです。

 

二時間ほど経ったところで、ころあいを見計らって、事前に生活指導部長と打ち合わせたように

「まず、この後生活指導部長と、圭子さんがあってもらいます。あなたの指導は、残念だけど担任の私ではなく、生活指導部長にお願いします。今の状況では、あなたと二人で解決しようと思ったけれど、私はあなたに信頼してもらうにはまだまだ自分が力不足と思いました。そして、これ以上遅くなるとよくないので、家庭の人に安全のために、迎えに来てもらいます。そのために、今の状況を家のほうに連絡をします。」

 

担任が無念そうにそして圭子に通告するような口調で言うと

「待ってください。母に連絡するのは止めてください」

急に態度が変わりました。

散々言い張っていたにもかかわらず家庭と言ったところで急に態度が変わった事に担任は少なからず驚かされました(普通、これぐらいしたたかな場合は当然おやが呼ばれるのは覚悟しています)。

 

 その後、

「すみません、私です。私がやりました。」

と言い出したので、

「あなたは中心ではないでしょう?どんなクラス以外の子がはいっているの?」

と訊くと

「他の子には、私がやってと頼んだのです」

というのです。

 

「あなたは、あれだけ自分が悪いと謝っていたのに、どうしてそんな事をしたの? 紀子があなたに、何か納得のできない事をやったの?」

 圭子は答えずにじっと横を向いていたが、突然

「あいつか、私か、どっちか学校を辞めさせてください!イヤなんです、あいつの顔ややっている事を見るといらいらしてがまんが出来ないんです」

と、ワァっと泣き出してしまいました。

 

 担任は、何故そこまで紀子が憎いのか、圭子の気持ちをしっかり聴き取ろうとするのですが、激しく憎んでいる事の原因を、圭子から聞きだすことは出来ませんでした。

「どうしてそんなに紀子が憎いの?」

と訊くのだが、

「イヤなんですっ。それだけです! イヤに理由がいりますかっ」

とぜんぜん話がかみ合わなかった。

 

その日は、圭子を落ち着かせて、

「そうなってしまった原因を一緒に考えて解決したいので、どうしてそうなったかをあなたもゆっくり考えてほしい」

と説得して、母親に引き取ってもらいました。

 

 ・後日、その事件を学習会で扱いました。

 

そのとき来て頂いた先生との会議でのやり取りです。次のようなコメントをもらったとき

徒たちの置かれている現実の厳しさに、言葉がありませんでした。

 

―放課後の研修会での話し合った内容ですー

何故、成績が優秀な圭子がそこまで紀子を恨むのかという事が論議の中心になりました。

 

そして、いじめが引き起こされる中のひとつに、家庭の影響、家庭のストレスなどを家庭内で処理できずに学校に持ち込んでくる場合があります。

 

これはよくあるケースで、家ではけじめのある明るいお嬢さんを演じて、学校ではその逆で、すき放題に生活して、クラスを混乱させている場合があります。

人は、どこかで緊張している分、又緊張を緩めて安らぐ事が必要ですが、家で緊張して安らぐ空間がない状態であると、いきおい、学校の中で、リラックスできるところを見つけて、緊張をほぐしていく事になります。

 

そんな中で起こるいじめがよく有ります。

この場合、多くの保護者(母親である場合が多いのですが)は、家ではしっかりしているのに、学校が躾が甘いから、問題であると思っています。

 

したがって、自分の娘にも甘く見られているのではないかと、学校の指導を強化するように言われる例が多く有ります。生徒も同じような考えを持っており、イジメの側に立った場合でも、親は、相手の非を責めて、わが娘を弁護する事が多いようです。

 

他方、学校が原因で起こされる例には、こんなケースが多く有ります。

競争、競争で息もつかせず、学力競争などを展開しているクラスでは、それに追いつけないであがきながらまじめに取り組んでいる生徒に、イライラのほこさきが向けられます。

 

成績の振るわない生徒を、まったく価値のない生徒として、さげすみ暴言を吐き、精神的に追い詰めてしまいます。

 

圭子にはどんな背景があって、あんな陰湿ないじめに及んだのでしょう?

 

父親は、私立の有名大学の理学部の教授、気さくで近寄りがたいようでもなく、落ち着いた冷静な人柄のようでした。母は高校の音楽の教師ですが、同じ教師として、よく学校の事は理解してくれています。

 

助言にこられた先生からの質問です。

「圭子は、この学校を第一志望で入学してきたのですか?」

意外な質問だった。

「いえ、他の私立中学を、二校ほど落ちて本校に入りました」

担任が答えた。

「その事について、圭子の行動に何か気にかかるところはありませんか?」

 

訊かれると、確かに圭子は

「私は、高校は中学の第一志望のところの高校に絶対に行く」

と言っていたそうです。そしてその高校は、中学の成績がオール五であればほとんどオーケイだと話していたそうです。

 

 助言にこられた先生から、仮説であると断りを入れながら、次のような話がありました。

 

「圭子は第一志望の中学校に不合格の時に大きく傷ついた事でしょう。両親の期待も大きくそのために、二校も受験に失敗してこの学校に入学したわけですから、この学校では当然一番の成績でありたいと思ったのではないですか?」

という質問に担任の先生は

「ええ、成績がトップになる事にこだわっています」

と、いつも成績にこだわる圭子のことについて話しました。

 

「圭子は、他はすべて五段階で5なのですが、体育だけはどうしても五の評価は取れないのです。うまくいって4です。大体3の成績ですが、とても努力するので、その努力に体育の先生が4をつけることがあります」

と説明すると

 

「自分の一番いやなところ、体育のセンスがないところを、圭子はとても悔しがっています。体育さえ出来れば、クラスでいつもトップになれる。体育が出来ないために、自分はこんなダメな学校でも一番になれない、そんな思いを持ってるのでないですか?」

 

「その事と紀子のイジメとはどんな関係が有るのですか」

 と担任はすかさず聞きます。

「自分の期って捨てたいいやな事、いくら頑張っても体育の出来ない、いやな自分、そのいやな自分の体のニブサと丁度同じいやな感じを紀子が持っていると感じるのです。だから紀子がそばにいることで、強い不快感を持つのです」

 

出席した先生たちは、衝撃を受けました。他の先生から

「それではどのように指導すればよいのですか」

という質問が出ました。

 

「いくら努力しても出来ない時は自分の素質の問題にします。この場合何故出来ないのか、と考えて運動神経の鈍い父や母のせいにしたりしますが、また、じぶんの才能のないせいにもします。家庭のほうでも成績がすべてという考えから抜け出ないと、圭子は息苦しさから解放されないのです。一番可哀想なのは、競争にさらされ、親の喜びや世間の評価に振り回されながら懸命に生きている圭子です。」

 

担任をはじめ参加した教師たちは、いじめ事件の背景を丹念に紐解きながら、一人一人の生徒にアプローチをする大切さをしみじみと学んでいました。 

 

   

   

 

 

 

 

 

 

 

 父親の声は悲痛でした。

調べてみると、以下のような内容のメールが不特定の数名から送られてきていました。

「又担任に、チクル気か?」

「臭い汚いっ もう学校に来るな」

「お前を見ると、一日気分悪いんじゃ。頼むから学校こんでくれ」

など目に余るような内容でした。

 

 あれほどに、五人が一緒になって本気で謝っていたのだから、クラスでも五人以外の他の生徒がメールをやっているのだろうと思いながらも、担任にはまったく予測がつきませんでした。

 

  さっそく終わりのホーム・ルームのあと、クラスの委員長である里佳子を呼んで、話を聞ました。

里佳子はとても言いづらそうな様子でしたが、担任は、里佳子の様子で、大体の状況を彼女が知っていると確信して、放課後にじっくり以下のような担任の思いを話しました。

  

生徒一人ひとりは、必ずみんな、このクラスで、皆と仲良く楽しく生きてゆきたいと思っています。しかし、何らかの事情で心に余裕がなくなって、自分のつらさを他の方法では解決することができずに、人をいじめたり自分を傷つけたりする生徒がいます。

 

それを気づいた友達や他の人が、何らかの方法で、その生徒がそこから抜け出すことを助けてやる必要があります。

今、イジメや陰湿なメールを送っている人自身がなぜそのようにしているのか、そのような行動しかとれない状況にあるのかを私たちも考えることが大切です。

 

それにこのクラスが、そんな陰湿ないじめを許していたら、これからクラスの皆が、いやなおもいでバラバラにこのクラスで生活することになるでしょう。今は、確かに紀子さん一人のことですが、これは、必ず、広がっていきます。」

 

里佳子は、こんな事が、「必ず、広がっていく」という説明を気にしているようでした。

「今から、里佳子さん、このことをあなたとどう解決したらよいか話し合いたいので、クラスの状況を教えてほしい」

と言う担任に、里佳子は、はじめは言いづらそうであったが、素直に状況を話しはじめました。

 

・イジメの犯人は、圭子でした

 

何故圭子なのだ。クラスで成績がトップの二名の中の一人、明るくいつも元気そうにしている圭子が何故?

担任には信じられない思いでした。一瞬、ひょっとして里佳子がうそをついているのでは、と疑いたくなるような自分がいたとの担任の話でした。

 

念のため担任は、何人かの素直な、なんでもあけっぴろげに話すような生徒からもクラスの状況をなんとなく気づかれない様に調べました。

その中で、やはり圭子が中心で、また学外の圭子の友達も加わったイジメである事が確認されました。

 

里佳子を呼んでから三日ほどたって、放課後、担任は圭子と話をしました。

学校の小会議室が幸い空いていたので、そこを借りてじっくり話す事にしました。

はじめは圭子は、

「先生、今日はどんな用事ですか?」

と明るくいつもの圭子の様子でした。

 

担任も話を切り出すのに、ためらいながらも

「実はね、紀子さんのことなんだけど・・・」

ときりだした。圭子は、一瞬戸惑いを見せたようでしたが、すぐに冷静なそぶりで

「紀子さんが、どうしたんですか?」

と訊いてきました。

 

「あの後、一時は、彼女も落ち着いて学校に来ていたのだけど、又この頃、陰湿なメールが彼女に来ているのよ」

と紀子の父親から担任に電話があったことを話すと、少しおいて

「それと、今日の私の話と、どんな関係が有るのですか?」

完全に白を切って、居直った形となりました。

 

このことを予測して、担任は、生活指導部長に事前に相談をしていましたので、部長は、いつでも、協力できるように別室に待機してもらっていました。

しかし出来うるなら、担任との信頼をベースに、圭子に正直に話してもらい、担任自身の手で解決したいという気持ちが担任の中には強く有りました。

 

それで、生活指導部長に相談はしましたが、圭子と二人で徹底して話し合おうと、決意していました。しかし、どのように解決するかと言う、結果の事を考えるようなそんな気持の余裕はありませんでした。

「私も、職員室に居ますからね」

と生活指導部長が心配して待機してくれました。

 

担任は、圭子と対峙しました。

まず、今まで、紀子の父親から電話が来てからの経過を説明しました。

はじめは、担任としても「圭子がそんなはずはない」と言う気持ちが強かった事。

また、たとえ圭子がやったとしても、「他の誰かにやらされているに違いない」と思い色々調べてみた事。そして、今は圭子が中心にやったと思うようになった事実を話しました。

 

そして、はっきり二つのことを圭子訴えました。

 一つは、

「何故、そのような事をやってしまったのか」

そして、

「それはどんな気持ちでやったのか」

ありのままに正直に、担任に話してほしい事。

担任として何故に圭子がそのようなことをやったのか、を圭子と一緒になって考えたい。そして二度とこのような事が起こらないようにしたいと。

 

圭子は、押し黙ったままうつむいていました。しばらく時間が過ぎます。

 

 もし圭子が、この問題を担任と正直に話して解決する事をしないとすれば、と、次のように担任が説明をしました。

 

紀子の父親は、もはや担任の教師には任せられないといっている。したがって、学校としても、生活指導部がこの事件を扱う事になるので、担任は圭子の指導を学校に任せると言う事になると言う事。

 

あんのじょう、圭子は

「自分にはまったく関係のない事です。先生、どうしてそんな事を言うのですか?なんか証拠でもあるんですか」

と担任にむしろ詰め寄る感じでした。「証拠」という言葉を意識して強調しているようでした。

 

「やってません」

ときっぱりと言い切るのです。

 

「誰が言ったのか?その人を連れてきてください」

「証拠がなく、私をなぜ疑うのですか?」

色々諭すのですが、そこからなかなか進みそうもありませんでした。

 

この手の問題は、ここまできたら、中途半端で終わるわけにはいきません。あいまいにして終わると、あらゆるところに、二次的な害が及ぶのです。

 

二時間ほど経ったところで、ころあいを見計らって、事前に生活指導部長と打ち合わせたように

「まず、この後生活指導部長と、圭子さんがあってもらいます。あなたの指導は、残念だけど担任の私ではなく、生活指導部長にお願いします。今の状況では、あなたと二人で解決しようと思ったけれど、私はあなたに信頼してもらうにはまだまだ自分が力不足と思いました。そして、これ以上遅くなるとよくないので、家庭の人に安全のために、迎えに来てもらいます。そのために、今の状況を家のほうに連絡をします。」

 

担任が無念そうにそして圭子に通告するような口調で言うと

「待ってください。母に連絡するのは止めてください」

急に態度が変わりました。

散々言い張っていたにもかかわらず家庭と言ったところで急に態度が変わった事に担任は少なからず驚かされました(普通、これぐらいしたたかな場合は当然おやが呼ばれるのは覚悟しています)。

 

 その後、

「すみません、私です。私がやりました。」

と言い出したので、

「あなたは中心ではないでしょう?どんなクラス以外の子がはいっているの?」

と訊くと

「他の子には、私がやってと頼んだのです」

というのです。

 

「あなたは、あれだけ自分が悪いと謝っていたのに、どうしてそんな事をしたの? 紀子があなたに、何か納得のできない事をやったの?」

 圭子は答えずにじっと横を向いていたが、突然

「あいつか、私か、どっちか学校を辞めさせてください!イヤなんです、あいつの顔ややっている事を見るといらいらしてがまんが出来ないんです」

と、ワァっと泣き出してしまいました。

 

 担任は、何故そこまで紀子が憎いのか、圭子の気持ちをしっかり聴き取ろうとするのですが、激しく憎んでいる事の原因を、圭子から聞きだすことは出来ませんでした。

「どうしてそんなに紀子が憎いの?」

と訊くのだが、

「イヤなんですっ。それだけです! イヤに理由がいりますかっ」

とぜんぜん話がかみ合わなかった。

 

その日は、圭子を落ち着かせて、

「そうなってしまった原因を一緒に考えて解決したいので、どうしてそうなったかをあなたもゆっくり考えてほしい」

と説得して、母親に引き取ってもらいました。

 

 ・後日、その事件を学習会で扱いました。

 

そのとき来て頂いた先生との会議でのやり取りです。次のようなコメントをもらったとき

徒たちの置かれている現実の厳しさに、言葉がありませんでした。

 

―放課後の研修会での話し合った内容ですー

何故、成績が優秀な圭子がそこまで紀子を恨むのかという事が論議の中心になりました。

 

そして、いじめが引き起こされる中のひとつに、家庭の影響、家庭のストレスなどを家庭内で処理できずに学校に持ち込んでくる場合があります。

 

これはよくあるケースで、家ではけじめのある明るいお嬢さんを演じて、学校ではその逆で、すき放題に生活して、クラスを混乱させている場合があります。

人は、どこかで緊張している分、又緊張を緩めて安らぐ事が必要ですが、家で緊張して安らぐ空間がない状態であると、いきおい、学校の中で、リラックスできるところを見つけて、緊張をほぐしていく事になります。

 

そんな中で起こるいじめがよく有ります。

この場合、多くの保護者(母親である場合が多いのですが)は、家ではしっかりしているのに、学校が躾が甘いから、問題であると思っています。

 

したがって、自分の娘にも甘く見られているのではないかと、学校の指導を強化するように言われる例が多く有ります。生徒も同じような考えを持っており、イジメの側に立った場合でも、親は、相手の非を責めて、わが娘を弁護する事が多いようです。

 

他方、学校が原因で起こされる例には、こんなケースが多く有ります。

競争、競争で息もつかせず、学力競争などを展開しているクラスでは、それに追いつけないであがきながらまじめに取り組んでいる生徒に、イライラのほこさきが向けられます。

 

成績の振るわない生徒を、まったく価値のない生徒として、さげすみ暴言を吐き、精神的に追い詰めてしまいます。

 

圭子にはどんな背景があって、あんな陰湿ないじめに及んだのでしょう?

 

父親は、私立の有名大学の理学部の教授、気さくで近寄りがたいようでもなく、落ち着いた冷静な人柄のようでした。母は高校の音楽の教師ですが、同じ教師として、よく学校の事は理解してくれています。

 

助言にこられた先生からの質問です。

「圭子は、この学校を第一志望で入学してきたのですか?」

意外な質問だった。

「いえ、他の私立中学を、二校ほど落ちて本校に入りました」

担任が答えた。

「その事について、圭子の行動に何か気にかかるところはありませんか?」

 

訊かれると、確かに圭子は

「私は、高校は中学の第一志望のところの高校に絶対に行く」

と言っていたそうです。そしてその高校は、中学の成績がオール五であればほとんどオーケイだと話していたそうです。

 

 助言にこられた先生から、仮説であると断りを入れながら、次のような話がありました。

 

「圭子は第一志望の中学校に不合格の時に大きく傷ついた事でしょう。両親の期待も大きくそのために、二校も受験に失敗してこの学校に入学したわけですから、この学校では当然一番の成績でありたいと思ったのではないですか?」

という質問に担任の先生は

「ええ、成績がトップになる事にこだわっています」

と、いつも成績にこだわる圭子のことについて話しました。

 

「圭子は、他はすべて五段階で5なのですが、体育だけはどうしても五の評価は取れないのです。うまくいって4です。大体3の成績ですが、とても努力するので、その努力に体育の先生が4をつけることがあります」

と説明すると

 

「自分の一番いやなところ、体育のセンスがないところを、圭子はとても悔しがっています。体育さえ出来れば、クラスでいつもトップになれる。体育が出来ないために、自分はこんなダメな学校でも一番になれない、そんな思いを持ってるのでないですか?」

 

「その事と紀子のイジメとはどんな関係が有るのですか」

 と担任はすかさず聞きます。

「自分の期って捨てたいいやな事、いくら頑張っても体育の出来ない、いやな自分、そのいやな自分の体のニブサと丁度同じいやな感じを紀子が持っていると感じるのです。だから紀子がそばにいることで、強い不快感を持つのです」

 

出席した先生たちは、衝撃を受けました。他の先生から

「それではどのように指導すればよいのですか」

という質問が出ました。

 

「いくら努力しても出来ない時は自分の素質の問題にします。この場合何故出来ないのか、と考えて運動神経の鈍い父や母のせいにしたりしますが、また、じぶんの才能のないせいにもします。家庭のほうでも成績がすべてという考えから抜け出ないと、圭子は息苦しさから解放されないのです。一番可哀想なのは、競争にさらされ、親の喜びや世間の評価に振り回されながら懸命に生きている圭子です。」

 

担任をはじめ参加した教師たちは、いじめ事件の背景を丹念に紐解きながら、一人一人の生徒にアプローチをする大切さをしみじみと学んでいました。